<<〜親友の想い人〜>>


  高校三年・夏。

「細原(さめはら)・・・、谷川(たにかわ)ってどんなやつ?」
「なに?唐突に。」
細原は提出書類から顔を上げずにそれだけ言った。
 アタシは書類に目を通しながら、次の言葉を待った。
 細原は賢いから、追及なんてしてこない。
「そうだなぁ・・・基本的には、やかましくて馬鹿だよ。」
「それは見ればわかるわ。」
「瀬能さん、キツイねぇ・・・。」
細原はアタシの一言に苦笑している。
 けど、嬉しそうな目で続けた。
「でもね、一生懸命で前向きで、おれはああいう男は好きだよ。」
「え?!」
「変な意味じゃないよ?おれにはないものだからさ、あいつが持ってるものは。」
「・・・。」
穏やかに笑ってる。
 細原ほどの人がそう言うんだから、ただの馬鹿なわけじゃないのね。
 次の日の放課後、アタシはひよりに言った。
「文化祭実行委員に立候補しなさい。」
「えぇ?!無理・・・無理だよ、わたし、そんなこと、できない・・・」
ひよりは慌てて首を横に振っている。
 そりゃ、昨日、ようやくこの子の気持ちに気づいたアタシが言えることじゃないかもしんないけど。
 でも・・・
「ひより?卒業して、どっかでばったり出くわした時に、このままだとアンタだけが谷川に気づくのよ?
そんなの、悲しすぎるじゃないの・・・。」
 アタシは、谷川のことなんて、全然知らない。
 ・・・それでも、ひよりがどんな気持ちでアイツを見つめてきたのか・・・
 それだけは付き合いが長いからわかるつもり。
 この子の想いを、このまま終わらせるなんてしたくない。



<<〜アタシができること〜>>


 高校三年・秋。

「大丈夫だよ。綾ちゃん、わたしだっていつまでも子供じゃないんだよ?」
ひよりはほんやり笑うと、わたしの手をそっと離した。
 なんとなく・・・寂しい感じがする。
 何が?
 何がだろう・・・?
 アタシは少し戸惑っている。
 アタシがひよりに対してできなかったことを、谷川は無意識のうちにやってのけてしまう。
 それは、ひよりにとっていいことなんだから、こんな風に感じる必要はないはずなのに。
 アタシ・・・谷川に嫉妬してるの?

 アタシは文化祭準備をサボって、屋上で一服・・・は冗談で、グラウンドを見下ろしていた。
「副委員長がサボり決めこんでるっていうのも参るんだよねぇ」
後ろでそんな声がしたから、アタシは静かに振り返った。
 細原が穏やかに笑ってそこに立っていた。
「そういう委員長くんもサボり?」
「ん〜?休憩だよ、休憩。君と一緒にしなさんな」
「息抜きは必要でしょう?」
「・・・まぁ、そうなんだけど」
細原が苦笑して、アタシの隣に並んだ。
 コイツ・・・夕日が似合うなぁ。
 アタシはふとそんなことを思った。
 細原はなかなかの美形だ。
 勉強もできるし、運動もこなせる・・・。
 弱点はほとんど見当たらない。
 それが、アタシを含めたまわりの見解だと思う。
 人気も・・・結構あるらしい。
「瀬能さん?」
「なに?」
「・・・俊平のこと、おれに聞いたことあったじゃん?」
「ええ、あったわね」
「あれって、水谷さんと関係してるの?」
 勘もいいと来てるから、本当に非の打ち所がない。
「アンタに嘘ついても無駄よね」
「やっぱり・・・そうなんだね」
「誰にも言わないでね」
「勿論さ」
アタシが念を押すように言ったら、当然といったように細原が笑う。
「ああいう子のほうが、俊平には合ってるのかもなって最近思うんだ」
グラウンドを見下ろして、誰かを見つめて細原が言った。
 アタシには、その言葉の意味がわからなかった。
 細原は珍しく、アタシのそんな表情に気が付かない。
「少し複雑だけど、君の親友におれは敬意を表するよ」
細原が優しく笑う。
 きっと・・・細原もアタシと同じ心境なのね。




<<〜ある家の事情とか・・・〜>>


 高校三年・秋。

「はい、できた。チャーハンで悪いけど」
アタシはチャチャッと仕上げたチャーハンをテーブルに置いた。
 冷蔵庫からウーロン茶を取り出して、コップに注ぐ。
 まだ、買出しに行く前だったから、大した食材がなかった。
 ”この前”のお礼・・・にしては貧相なものかもしれない。
「うっわ、美味そう〜! 瀬能、お前、すげーんだな。
 んじゃ、遠慮なく、いただきま〜す!」
谷川は嬉しそうに目を輝かせ、チャーハンにがっついた。
 こんな反応を、ひよりにしたのね。
「アンタ、いい旦那になるわね」
「へ?」
「・・・それだけいい反応されたら、奥さんは嬉しいでしょうから」
「なんだそりゃ? オレは、家と同じように言ってるだけだぞ?」
「ふ〜ん・・・お母さんも作り甲斐あるわね、じゃあ」
「母さんは料理、あんましうまくないんだ」
「え?」
「・・・でも、頑張って作ってるんだろうからさ」
谷川は優しく目を細めて言った。
 アタシは・・・その谷川の言葉に、つい息がもれそうになった。
 そんなことを、ううん・・・最近はわかってきたから意外でもないけど、
でも、やっぱり、そういう風に谷川が言ったのには感動した。
「・・ゴホッ!
 き、気管に入った・・・水、水!!」
谷川が慌てて、どんどんと胸を叩いている。
 アタシは渡そうと思って注いだウーロン茶を急いで手渡す。
「さ、サンキュ・・・」
手渡されたウーロン茶を一気に飲み干す谷川。
「アンタ、本当に落ち着きないわね」
アタシはそんな谷川がおかしくて笑ってしまった。
 けど、谷川はそんなことはなんでもないように、一息落ち着いた途端に、
感心したようにもう一度、アタシのことを褒めてきた。
「水谷さんにしてもそうだけど、料理ができるってすげーよなぁ」
しっかり、アタシを見つめてそう言う谷川。
 アタシは・・・あんまり褒められるのには慣れてない。
 だから、不自然じゃないように立ち上がって、冷蔵庫を開けた。
 これなら、表情が変化しても悟られないし・・・。
「りょ、料理なんて、基本動作の繰り返しじゃないの。
 す、すごくなんて、ない」
「え? そうかぁ・・・?」
「そうよ。切る・炒める・煮る・焼く。
 他にもあるけど、基本になる動作なんて大したものじゃない」
「うぅ〜ん・・・? ずいぶん、手馴れてたけど、瀬能も趣味が料理なの?」
谷川は納得いかないような声だったけど、すぐに話を切り替えてきた。
「ほら、水谷さんは趣味でやってるって・・・」
「ああ・・・アタシは必要に迫られてよ。
 おさんどんできる人が、この家にはいないの」
「え?」
「あ・・・特に変な事情はないわよ。
 母さんが料理ベタで、仕事ができる人なだけ」
アタシは牛乳を取り出して、冷蔵庫を閉じた。
 自分のマグカップに手を伸ばす。
 谷川はそれを聞いて、少しだけ黙り込んだ。
「黙らないで。アンタらしくないわよ」
アタシはなんでもないように笑ってそう声をかけた。


<<〜スポーツマンシップに則って・・・?〜>>

 高校3年・初夏。

 初夏の空気が流れ始め、緑は青々と生い茂っている。
 日が少しだけ長くなって、気温も少しだけ上昇した。
 夏の訪れが少しだけ遅いこの町に、今年も暑い夏がやってくる。

 体育館にダンダンとボールをつく音が響き渡る。
 それは当然。アタシがドリブルしてるんだから。
 トップスピードでセンターラインを駆け抜け、ぐっと重心を落とす。
 ピタリと止まって、やや後ろへ跳ぶ。
 肘は開かず。フォロースルーはしっかりと。ボールは柔らかく押し出す。

 3Pライン。

 誰もいない体育館に、スパンと綺麗な音が響き渡った。

「NICE!」
アタシは誰もいないのをいいことに、感情を素直に表現した。

 基本に忠実に覚えた、1つ1つの動作は
引退した今でも十分すぎるほど染み付いていた。
 自分がどれだけの時間をバスケにつぎ込んできたか、
それを考えると、少しだけ寂しい気持ちになる。

 別にバスケに捧げた時間に悔いはない。
 ただ・・・夏を前にして、引退をせざるをえなかったことが悔しかった。
 この思いを・・・先輩たちも感じたのだろうか?
 そんなに強くもないのに、バスケ好きばかりだった・・・このチーム。
 去年、引退が決まった時、先輩は泣きながら
アタシに4番のユニフォームを手渡してきた。

 さも当然のように・・・そのユニフォームは、アタシの手元に来た・・・。

 見ている人は見ている・・・そんな言葉が心の中をかすめたのを思い出す。

 決して、望んだものではなかったけど、
それでも、先輩が望むなら・・・と、外面優等生なアタシは、
震えそうになる手を抑えて、先輩の言葉を受け止めた。

『あとは・・・任せるわ』
『・・・はい』

 やり取りは短いものだった。
 先輩も・・・こみあげるものは抑えられなかったのだと思う。
 それだけ言うと、部内の追い出し試合まで・・・顔を出すことはなかったから。

 アタシは・・・それとは全く反対のことをしている。
 ユニフォームを引退試合の後すぐに託すなんて、格好のいいことはできなかったし、
週1回は、後輩の指導に来ている。
 全部、自分自身の諦めの悪さだけれど、
引退が決まった今でも・・・まだ試合がしたくてしたくてたまらなかった。
「・・・はぁ・・・」
ボールを拾って、ゴール下からひょいとゴールに入れる。
 落ちてきたボールを、ティンと軽い音をさせつつ受け止めて、体育館を見回した。
「どうしたもんかなぁ・・・アタシらの代までかぁ? 熱血バスケ部は・・・」
 閑散とした・・・静かな体育館。
 閑古鳥・・・なんて見たことはないけど、まさにそれが”鳴く”ような風景。
「アタシが”泣きたい”わ。自主練してけよな・・・先輩が来てる時ぐらい。
 建前でもいいからさ」

 こんな後輩たちだから・・・託すべきユニフォームも託せなかったし、
アタシたちみたく頑張った代が、早々に負けて引退というのも納得しようがない。
 託せる意志も、託せる伝統も・・・
次の代の子たちには意味を持たないように感じるのだ。
 所詮・・・ユニフォームをすぐに渡せなかったアタシの言い訳だけどね。

 バックスピンをかけて、ボールを大きく投げ出す。
 アタシはダッシュでボールを追いかけ、
戻ってきたボールをキャッチして、素早くピボットターンをした。
 目にはゴールしか映らない。
 フリースローライン。
 たまには・・・フックシュートもありじゃない?
「ふっ・・・!」
そんなに使わないシュートなもんだから、つい声が漏れた。
 大丈夫・・・手首は綺麗に回せた!
 ボールは真っ直ぐにゴールを捉え、スパッと音を立てて、床へと落ちる。

「・・・そろそろ・・・」
「綾ちゃん、帰ろう!」
アタシがボールを拾って顔を上げると、目の前にひよりが立っていた。
 アタシの分のバッグまで持って、笑顔で。
「教室にカバンあったから、まだここだと思って・・・着替えるでしょ?」
はいと言って、バッグをアタシに手渡してくる。
「ありがとう。でも、このまま帰ろうかなぁ?
 アタシ、まだ衣替えしてないから、制服だと暑くて」
「え? え? でも、先生に見つかったら怒られるよ?」
「ジャージで下校は駄目って、本当、この学校、頭おかしいわよね」
「・・・あはは」
ひよりが困ったように乾いた笑いをこぼす。
 アタシはボールを用具室のカゴめがけて放って、
「さ、行こ行こ」
とひよりを促した。

 ジャージで下校を敢行するからには、絶対に先生には見つからないわ。
 そのへんはぬかりはないのよ・・・なんてね。
 単に、ダッシュで逃げるだけだけど。
 ほら、アタシ、体育会系だし?
 スポーツマンシップってやつよ。

「・・・綾ちゃん、全然理屈になってないと思う」
「あら? 聞こえた?」
アタシはにぃっと笑って、ひよりの言葉に答えた。

 ああ・・・それにしても、暑いなぁ・・・。



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