<<ひより〜振り向いて見えるのはキミの背中〜>>
高校二年・夏。
「あたしはいちごみるくがよかったのよ!」
「えぇ〜・・・ブルーハワイのほうがうまいよ。
そんなんより・・・。ほれ、試しに一口。」
「あたしは練乳が食べたかったのよ。(パク)・・・あ、おいしい。」
「だろ?つーか、部活のあとなんだから、なんでもうまいって!」
仲良さそうなカップルが、わたしたちの横を通り過ぎていく。
わたしは、カバンをギュッと握り締めて、谷川(たにかわ)くんが横を過ぎるのを待った。
心臓の音・・・聞こえるはずないんだけど、やっぱり気にしてしまう。
声が遠のいてから、わたしはそっと振り返った。
あるはずのない可能性を期待して・・・。
でも、見えるのは、彼の背中だけ。
「アタシ、あーいうバカップル、大っ嫌い・・・。」
綾ちゃんが手うちわで顔を扇ぎながら、そう言った。
「特に夏場。・・・迷惑なのよね。」
本当にだるそう。
「ふふ・・・綾ちゃんらしい。でも・・・」
「?」
「わたしは、ちょっとうらやましいな・・・ああいうの。」
わたしは目を細めて、二人の背中を見送った。
彼が、わたしのことを気にかけてくれることなんて、
これから先もたぶんない。
それでも・・・わたしは、彼が好きなんです。
<<〜キミの好きな味は?〜>>
高校三年・夏。
え・・・と、タコさんはできたし、カニさんもできた。
う〜ん・・・サンドウィッチのほうがよかったかなぁ?
でも、谷川くんって、スポーツマンだからご飯のほうがおいしく食べてくれそうだしなぁ・・・。
もう、作って冷やしちゃってるから仕方ないよね。
・・・でも、いきなり、こんなの作っていって、口に合わなかったらどうしよう?
・・・・・・・・・。
やっぱり、やめておこうかな・・・。
わたしは、じっとタコさんとカニさんを見つめた。
ひょうきんな顔をして、わたしのことを見上げてる。
その表情が、谷川くんの笑顔に見える・・・。
わたし、絶対、変だよね。
・・・あれ?なんだか、焦げ臭い?
あ!・・・きんぴらごぼうが・・・。
わたしの得意料理だったのに・・・。
しょうがない、今回はきんぴらは抜きにしよう。
わたしは渋々、きんぴらごぼうをお皿に空けた。
まぁ、置いておけば、お父さんとかお母さんが食べると思うから。
綾ちゃんも無茶言うよなぁ。
初めて二人で出かける(実行委員の仕事だけど)のに、そこにいきなりお弁当持っていく女の子って・・・。
いくらなんでも、やりすぎな気がする・・・。
「男はねぇ!胃袋で釣るのよ!胃袋で!
特にアンタの料理は活用の価値ありなんだから!」
あはは・・・すごい台詞だったなぁ。
まぁ、そんな綾ちゃんが大好きなんだけど。
谷川くん・・・このお弁当、どんな顔で食べるかなぁ・・・。
わくわくしながら、谷川くんがお弁当箱を開ける。
「すっっげー!手料理?これ全部?うまそう〜。いっただっきま〜す♪」
すごい、嬉しそうに笑って手を合わせてる。
あー・・・やっぱり、谷川くんってあったかいなぁ・・・。
ねぇ?おいしいかな?
わたしはドキドキして、谷川くんの感想を待った。
・・・こんな瞬間が来るなんて、夢みたい・・・。
ずっと・・・続けばいいのに。
<<〜わたしの変化・親友の変化〜>>
高校三年・秋。
「それでさぁ・・・担任に言われたんだよねぇ」
「なんて?」
「せっかく、ここまで色々雑務やってきたんだから、推薦でこの大学受けてみないか? って」
綾ちゃんが大学案内のパンフレットをわたしに見せてため息をついた。
文化祭が近いからって、進路相談は待ってくれない。
わたしと綾ちゃんは今日、進路のことで個人面談をしてきた。
「部活も、結構いい成績残してるし、AO入試のほうが向いてる・・・とかなんとか、ね」
綾ちゃんは目を細めて困ったような顔をしている。
「でも、推薦受けれるのってすごいよ。受けるだけ受けちゃえばいいんじゃないかな?」
「ひよりって・・・他人事よねぇ・・・こういう時。
ううん、他人事なんだから仕方ないんだけど」
珍しく、綾ちゃんが悩んでいるみたい。
わたしは、推薦がもらえるのならそれを取るべきじゃないかって思っただけなんだけど・・・。
綾ちゃんはなにか不満みたい。
「あんまり・・・乗り気じゃないんだ?」
「そりゃ、ね」
「そっかぁ・・・」
目を細めてパンフレットとにらめっこをしている綾ちゃんから目を離して、
わたしはそっと前方に目をやった。
谷川くんが重そうな荷物を持って歩いていくのが見えた。
「あっ!」
「?」
綾ちゃんが不思議そうにわたしを見てからわたしの視線の先に気がつく。
綾ちゃんは仕方ないなぁ・・・と言いたげな笑顔で笑う。
「行ってくれば」
あごで示すようにして、そう言ってくれる。
だから、わたしはすぐに谷川くんの手伝いをしようと、トッタトッタと走り始めた。
声をかけると、谷川くんは振り返って明るく笑った。
「水谷さん。面談終わったの?」
谷川くんが、わたしの名前を呼んでいる。
最近では、それが日常になっているけど、3ヶ月前のことを考えると、本当に奇跡だ。
受験よりなにより・・・谷川くんのことを優先している自分。
それさえ、すごいことだった。
だから、綾ちゃんの言葉も・・・いつもの愚痴だと思ってた・・・。
<<〜たった一言・・・いつか交わせればいいと〜>>
高校3年・春。
「・・・嘘・・・」
わたしはクラス発表の掲示板を見上げて、そう、呟いた。
嬉しさと驚きがないまぜになった、変な感覚。
自分の名前を確認して、綾ちゃんの名前を確認して・・・
そして、その後に見つけた名前・・・。
『谷川 俊平』
それは・・・本当に、夢かなにかじゃないだろうかと思えるような時間。
一体どれくらいかは分からないけど、わたしはその名前を何度も見直して、
心の中で『たにかわしゅんぺい』と読み直した。
夢じゃない。
夢じゃない、夢じゃない、夢じゃない・・・!
ううん、たとえ、夢じゃなくて、
同じクラスになったからといって、別に何も変わったりはしないのは分かってる。
わたしはいつでも、彼の横顔を見つめるだけで、それに気がつく人はどこにもいない。
きっと・・・どこにもいない。
それでいいと思ってる。
だけど、なにか・・・根拠のない期待が湧き上がってくるのは・・・
やっぱり、わたしが彼を好きだからだろうか?
見つめるだけでは嫌だと・・・心のどこかで思っているからだろうか?
・・・勇気もないくせに。
「おぉっ! 高校最後にして、同じクラスだなぁ、カズ♪」
突然、彼の声が聞こえて、わたしはびくりと肩を震わせた。
べ、別に近くにいたわけじゃない・・・。
彼の声を見つけるのが、
ここ最近でスキルアップしてしまったわたしの耳が、勝手に探し当ててしまった声。
わたしはそっとそちらを向いた。
終業式以来の彼の横顔・・・。
少し遠いけど、わかる。
彼は楽しそうに口元を緩ませて、隣にいる細原くんの肩をポンポンと叩いている。
「・・・お前、視力だけはいいよなぁ・・・」
「”だけ”は余計だ、”だけ”は!」
「ああ・・・はいはい」
「しっかし・・・」
「あん?」
「お前が進学クラスに来るとはねぇ・・・」
「進学クラスっていっても、お前とオレはだいぶレベル違うのにな」
「まぁ・・・この学校、変なところで受験校らしくないからなぁ」
細原くんは呆れたようにため息をついて、
「ま、頑張れ」
とだけ言うと、谷川くんを置いてさくさくと昇降口へ向かってしまった。
「おっと・・・ちょい待ち! お前、早いぞ、少しは”かんがい”にふけれ!」
慌てて追いかける谷川くん。
少しだけ・・・歩き方がぎこちない。
松葉杖は取れたみたいだけど、まだ、完治してないんだ・・・。
「・・・”かんがい”を漢字で書きなさい。また、意味を述べなさい」
「お、おまぃねぇ・・・」
谷川くんの苦笑交じりな声を最後に、2人は昇降口へと姿を消していった。
『感慨』
『身に沁みて感じること』
「・・・これで合ってるかな?」
「何が合ってるの?」
わたしが心の中で、谷川くんの代わりに答えを述べた時、
綾ちゃんが横から覗き込むような体勢で、わたしのことを見つめていた。
「ふわぁぁっ・・・!」
不意を突かれて跳びあがるように、肩を跳ね上げたわたし。
綾ちゃんは驚いたように、目を見開いている。
「! なんて声出すかな、アンタ・・・」
そして、おかしそうに吹き出しながらの言葉。
わたしは答えようとして、とりあえず、口を開く。
「か、感慨がね、えっと・・・その・・・」
「はい、ストップ!」
「え? え?」
「まずは、おはようじゃないの? ひより」
「あ、う、うん、おはよ、綾ちゃん」
慌てるわたしの挙動をおかしそうに見つめて、
綾ちゃんはポンポンとわたしの頭を叩くように撫でてきた。
わたしは少しだけ肩をすくめて、それに応える。
「3年になっても相変わらずね。見た感じじゃ、しっかりした感じなのにねぇ」
「・・・・・・」
「ひより、そろそろ行こう?
アタシがここにいるってことは、そろそろ予鈴がなるってことよ?」
綾ちゃんはわたしの腕を優しく引くと、
スタスタとわたしの目の前をしっかりした足取りで歩いていく。
わたしはそれに従うように歩いていたけど、そっと心の中を過ぎったのは、
『おはよう』くらいは、クラスメイトなんだから交わす機会もできるかもしれないという
淡い期待だった。