<<邑香〜幸せだったはずの、あなたとあたし〜>>


  高校二年・秋(俊平基準)

「ユウ!ユウ?返事しろー。」
遠くで、シュンの声がする。・・・また、情けない声出しちゃって・・・。
 ああ、また、あたしってば倒れたのか。
 冷静にそんなことを考えながら、あたしは目を開けた。
「大丈夫か?立てるか?」
マネージャーが貧血で倒れて練習中断って、たぶんよくないことだと思うんだけど、
心配してくれるシュンの顔を見ると・・・つい甘えたくなる。
「立てなそう・・・」 
「そっか。」
シュンは迷うことなく、あたしを軽々抱き上げる。
 シュンの顔が近い。
 少し、顔が赤くなってるのがわかるよ、シュン。
「木陰まで、運んできまっす!」
明るい声でそう言って、さっさか、あたしのことを運んで歩く。
 他の部員の人たちが、はやすように何か言ってるけど、そんなことはどうでもいい。
「シュン?」
「ん?なに?」
「好きだよ。」
「・・・馬鹿。」
照れたようにシュンがそれだけ言い捨てた。
 ・・・オレもだよ。の一言が欲しいだけなのに。
 シュンは、一度もそう言ってくれない。
 自信がなくなるよ。いくら、あたしでも。
 体育祭が近づいたある日、シュンが走ってる最中に、体育祭の準備をしてる人と衝突をした。
 少しひきつった笑顔で、平気平気と笑ったけど・・・
 あたしはそれに違和感を覚えていた。
 そう、気づいたあの時に・・・あたしがちゃんと止めるべきだったんだよね。




<<〜フェンス越し見つめる彼女〜>>


 高校二年・夏(俊平基準)

「シュン、頑張ってね!」
あたしは笑顔でそう言った。
 シュンが振り返って笑う。
「おうよ!もうちょいで本選だし、このあたりで自己新出しときますよ〜♪」
明るい声。
 緊張感も何もない。
 でも、それがシュンなりの集中の仕方。
 そして、寸前になると、静かになって、まわりの音が聞こえないみたいにゴールしか見なくなる。
 あたしは、その時のシュンの表情が大好きだ。
 シュンのランニングフォームはそれ以上に大好き。
「自己新出たら、今日はブルーハワイをユウがおごりってことでよろしくぅ!」
「はぁ?何言ってるのよ?!」
「なんだよ、賭け賭け♪モチベーションあげたほうが記録出やすいんだよね、オレ」
「賭けって・・・。賭けになってないでしょう?あたしも記録出るほうしか信じてないもの」
「なっはっはっは・・・じゃ、記録出たらオレはユウにいちごミルクおごりってことで」
「それは・・・賭け?」
「んん?・・・・・・。賭けしようなんて言ったっけ?」
「・・・シュン・・・」
あたしは呆れて、はぁ・・・とため息をついた。
 シュンはおかしそうに笑ってる。
 時々、素でボケてるのかわざとなのかがあたしにもわからなくなる。
「俊平先パ〜イ、次、ボクたちですよ?」
圭輔君がこっちに駆けてきた。
 あたしのほうを見てニッコリ笑う。
「邑香ちゃんもそろそろ旗あげる準備しないと」
そう言われて、あたしは慌てて持っていた旗を持ち直した。
 今、記録ミスがあったとかでゴールのほうがもめてたから話をしてただけだったんだ。
 シュンたちが走れば終わり。
 あたしは旗を構えた。
 シュンたちも位置につく。
 シュンの目が・・・ゴールだけを見てる。    
「位置について・・・用意!」
その声にみんなが反応する。
「スタート!」
声を上げると同時に旗を振り上げる。
 シュンが一番に飛び出していった。
 すごい集中力・・・。
 それに続いていくのは圭輔君。
 あとの人たちは、どんどん二人に離されていく。
 やっぱり、シュンのフォームが一番綺麗・・・。
 シュンの背中を見送っていて、ゴール後ろのフェンスのところに女の子が立っているのを見つけた。
 ・・・いっつも、あそこに立ってるような気がするな・・・。
 あの子はいつも何をしてるんだろ?



<<〜それはある桜舞う日だった〜>>


  中学三年・卒業式(俊平基準)

「ありがとう」
どうしてか、細原先輩があたしに対してそう言った。
 いつもの、何を考えているか読めない笑顔で、細原先輩はあたしを見つめている。
「変・・・かな? 俊平を好きになってくれてありがとう・・・っておれが言うのは」
細原先輩は、少しだけ困ったようにそう言った。
 あたし、そんなに怪訝な顔してたんだろうか?
「別に。ただ、俊平さんじゃなくて、あなたがあたしに言うのが変な感じだっただけ」
あたしはいつもと同じ態度でそう言った。
 あたしは先輩にあまり敬語を使わない。
 そのことで、色々と不便もあったけど、どうも・・・敬語って調子が狂ってしまうから苦手。
 ただ・・・覚えなくちゃいけないんだろうな・・・とは思っている。
「はは・・・俊平、あれでいて、言葉足りないヤツだから、アイツの代わりにおれからね」
「そう」
「うん」

 あたしは細原先輩のことを少しだけ敵視している。
 別に嫌いとか、そういうのではなくて、俊平さんのことをよくわかっているからだ。
 しかも、いつも、俊平さんのそばにいる。
 きっと、これからも細原先輩はあたしの中ではライバルになるだろう。

「椎名ちゃんは・・・いつも、おれのこと、そういう目で見るんだから」
細原先輩がおかしそうにそう言った。
 そういう目ってどういう目だろう?
「おれは、アイツの親友で幼馴染。その立場が、そんなにうらやましいかい?」
そう言われて、あたしは頭に血が上ってくるのがわかった。
 別に怒りで・・・って訳ではなくて、思いっきり図星だったから。

 俊平さんと同い年ってだけでも、一学年上の先輩たちに嫉妬するあたしがいる。
 だって、当たり前。
 年が一つ上ってだけで、一緒に卒業することも、入学することも叶わない。
 祝ってあげるだけ。
 取り残される感覚を感じるのはおかしなことではないはず。

「傍にいれば、全部わかる訳でもないよ?
 むしろ、少し遠いからこそ、見えることもあるんじゃないかな?」
細原先輩は優しい声で、あたしに言った。
 その声が逆にあたしの気持ちを逆撫でする・・・。
 その時は、細原先輩の声が、少しだけ悲しそうだったことには気がつかなかった。
 細原先輩は、そっと、上を見上げた。
 桜がチラチラと舞ってくる・・・。
「桜は・・・美しいけど、悲しいよね」
そんな言葉を、細原先輩は誰に言うでもなく、呟いたのだった。


<<〜自分のために泣かないあなたへ〜>>

  高校2年・初夏(俊平基準)

「・・・はぁ・・・」

 ・・・どうしたもんかなぁ・・・。

 あたしはグラウンドを何度も往復ダッシュしているシュンの姿を見つめて、ため息をついた。
 もう・・・姿じゃなくて、影ね。
 いくら、愛の力があっても、こんなに真っ暗じゃ、あたしでも識別できゃしない。
 とりあえず、あそこを走ってるのがシュンだってわかってるから、シュンだと思うだけ。
 もう帰ろうよ・・・って、声がかけられないのよねー・・・今日ばっかりは。


 今日は・・・800Mリレーの県大会決勝だった。
 昨日は100Mで、インターハイ出場を決められず、今日のリレーも駄目だった。
 彼が目指している目標に・・・あと1歩だけ届かない。
 あんなに綺麗なフォームなのに・・・あと1歩が足りない。
「あたし・・・あなたのためにできることはある?」
 ぽつりと、シュンには聞こえない呟きをもらしてみる。
 リレーのバトンを握り締めて、寂しそうに空を見上げた彼の背中を思い出す。
 きっと、あたし以外、誰も気がつかない・・・ほんの一瞬の翳り。
 あれからみんなと別れるまで、シュンはいつも通りおちゃらけていたけど、
2人になった途端、グラウンドに行きたいと、真剣な顔で言ってきた。
 あたしは帰ってもいいって言われたけど、そんなの嫌だから、こうしてついてきた。
 だけど、はっきり言って、あたし、いてもいなくても、何の役にも立たないのよね。
 走れるわけでもないし、タイムを計るのだって、今日は意味ないだろうし・・・。

 あたしは・・・シュンが走っている時の真剣な顔が好き。
 綺麗なフォームが好き。
 時々見せる・・・優しい笑顔が好き。
 短絡的だけど、猪突猛進なところが好き。
 年上らしくない、情けないところが好き。

 だけど・・・走っている時はあたしのことを考えていないのがわかるのが嫌い。
 走ることのほうが好きなんだと、すぐにわかるのが嫌い。
 ・・・走ることになると、言い訳しないところが嫌い。

 きっと・・・今、シュンはあたしを待たせていることを忘れてしまっている・・・。
 勝手についてきたんだから、それは我儘だけど・・・、それが思いのほか悔しくて、イライラする。
 また、さっきの寂しそうな背中を思い出した。
「・・・泣けばいいじゃない・・・。もっと、悔しいとか・・・口にすればいいのに」

 まだ、シュンは走っている。
 あたしは意を決して立ち上がった。
 いくら、明日が休みだとしても、これ以上走ったら体を壊すもの。
 意地でも・・・連れて帰るんだから・・・!

 インターバルで休んでいる隙をついて、シュンの腕を掴む。
 汗で少し滑ったけど、そんなことは気にしないで手に力を込める。
「汗つくから、触らないほうがいいぞ?」
シュンは膝に手をついた状態で、優しくあたしに言ってきた。
「・・・帰ろ」
あたしはそれだけ言って、シュンの腕を引っ張る。
 シュンは困ったように、
「ちょい待ち、ちょい待ち! あと10本走ったら終わるからさ」
と慌てて足を踏ん張らせる。
 でも、疲れてるのかふらりと、あたしの力に引き寄せられる。

「・・・・・・」

「や・・・これは不意を突かれただけで」

「あたしなんかの力でふらついてるくらいだから、よっぽどバテてるんでしょ?
 帰るわよ? 疲れてるときに走ったら肉離れ起こすんだから」
あたしは問答無用と言うように、少し低めの声に命令口調で言った。
 シュンはポリポリと頭を掻く。
「も少しだけ・・・駄目?」
甘えるような声。
「駄目」
きっぱり返した。
「ほらさ、やる気あるうちに走らないと伸びないじゃん?」
「そんな理論聞いたことがないよ。
 必要なのは継続。無理を続けることじゃない」
「ユウ、そう言わずにさ・・・」
「悔しいって泣けないの?」
あたしはギロリとにらんだ。
「・・・・・・?」
不思議そうなシュンの顔。
 なんで泣くの? と言いたげな顔。
 シュンは・・・こういうところが変わっていると思う。
 そりゃ、勿論、立ち止まるより前に進むことを選べる人間のほうがいいと思うけど、
それだけじゃ・・・息が詰まるじゃない。
「負けて悔しくないわけ?」
「・・・悔しいから走ってるじゃん。足りないからそれを補おうと。
 オレの練習がまだまだ足りないんだから」
「なんで・・・」
そこであたしは口を噤んだ。

 なんで、この人はこうなの?

「バカ」
「バカなのはわかってるよ」
「ねぇ、シュン」
「ん?」
「今日のアンカーがあなたじゃなかったら、もっと結果は圧倒的だった」
「・・・・・・」
「自信持ちなさい」
あたしは言い聞かせるようにそう言った。
 シュンの頬に触れて、静かに。
 あたしが、あなたの分も泣いてあげる。
 心の中で、いくらでも泣いてあげる。
 あなたが、泣かない分だけ、泣いてあげる。
 あなたの足が速いのは・・・いっぱいいっぱい努力してるからだって知ってるから。

「・・・結果を、人のせいにしそうな自分が、嫌なんだよ」
だから、リレーは嫌いだと・・・シュンがぽつりと呟いた。
 あたしが頬に添えた手を、きゅっと握って・・・やりきれないように言った。




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